ボレロ - 第三楽章 -
「もっと早くお話するべきでした。こんなに騒ぎが大きくなるとは思わず……」
「堂本、どうした。それではわからない」
「……須藤社長の入院がマスコミに漏れたのは、私の責任です」
「えっ、堂本さんがマスコミに知らせたんですか」
珠貴の厳しい口調に、堂本は 「いいえ」 と強く否定してから、実は……と話
をはじめた。
知弘さんに会うために出向いたところ、知弘から急な用事で出かけなければなら
ないと告げられた。
どこへ行くのかと聞くのはマナー違反であると心得ていたはずなのに、急な予定
変更を告げられ、思わず 「どちらへ?」 と聞き返してしまった。
聞かれた知弘さんは一瞬のためらいのあと、実は社長が入院したのだと教えて
くれたそうだ。
緊急であると知り、堂本は知弘さんを病院まで車で送った。
知弘さんを病院内へと見送り、帰りがけに、そこに偶然居合わせた記者に声を
かけられた。
取材で何度か顔を見たことがある記者だったそうだ。
今日はどうしたんですかと聞かれ、いいえ、なんでもありませんと返事をしたが、
用のない人は病院にきませんよと、彼は嫌な笑いを浮かべたという。
「私が誰かの見舞いに来たと思ったのか、もしかしたら、須藤専務を見送る私を
見ていたのかもしれません。
しつこく聞かれましたが、無視して帰ってきました。
あのとき親戚や友人の見舞いだと、方便を使わなかったのか悔やまれます。
数日後、その記者が関わる雑誌に、須藤社長極秘入院の記事が出ました。
私が帰ったあと入院患者を調べたのでしょう。
情報が漏れたのは私の責任です。本当に申し訳ありませんでした」
「……そうだったのか」
「まぁ……」
重大な告白を聞き、私と浅見君は言葉を見つけられずにいたが、深々と頭を下げ
謝り続ける堂本へ声をかけたのは珠貴だった。
「堂本さん、どうぞお顔をあげてください。社長の不在が続けば、入院はいずれ
知られたでしょう。
入院の事実がわかってしまったのが、少し早かっただけです。ですから、もう
お気になさらず」
「いいえ、私の不注意から須藤専務へ取材が集中して、迷惑をおかけしています。
浅見さんにまで取材の目が向いているそうではありませんか」
「それだって、早いか遅いかの違いじゃないのかな。須藤社長の代理は専務が
務めることになっている。
専務に取材が集中するのは避けられない。堂本の責任じゃない、気にするな。
それに、専務の近くにいる秘書に目が向むのも仕方のないことだ。
浅見君のように仕事の出来る女性なら、なおさら目を引くだろう」
「えっ、あの……私は……」
私の言葉を聞き、浅見君は恥ずかしそうにうつむいたが 「副社長のおっしゃる
とおりです」 と小さな声がした。
「ありがとうございます……」
ふたたび深く頭を下げた堂本へ、珠貴が知弘さんはご存知なの? と聞いた。
「お伝えしました。気にするなと言ってくださいました。ですが、みなさんにも
お詫びの気持ちをお伝えしたくて、今日は集まっていただきました」
「知弘さんなら、そうおっしゃるでしょう。私たちも堂本さんのお気持ちはお聞き
しました。これでおしまいにしましょう」
珠貴のひとことで肩の荷を降ろしたのか、かたくなに謝っていた堂本の顔に
柔らかさが戻ってきた。
珠貴や浅見君が堂本をなだめるあいだ、私は彼の話を反芻していた。
内容の一部にウソがあった。
もしかしたら、話のすべてが本当ではないかもしれない。
しかし、彼はなぜこんな作り話を我々に聞かせたのか。
浮かんだ疑問は、あらたな疑惑を生んでいた。