ボレロ - 第三楽章 -


頃合を見計らったように食事が運ばれてきた。

空腹を刺激する香りに 腹の虫が騒ぎ出した



「ここは珍しい酒がありまして、みなさんにもぜひ飲んでいただきたいので、

ご用意いたしました」


「強いお酒ですの?」


「そうですね。軽めのものをご希望でしたら、遠慮なくおっしゃってください」


「どうしましょう……」



堂本の勧めを聞き、珠貴が私を気遣うように声をかけた。

どうしましょうとは、飲めない私のためにアルコールを断ろうかと聞いたも

のだった。

せっかくだから少しだけもらおうかと返事をすると、大丈夫なのかと心配そう

な目をしている。



「副社長、今夜はお仕事ではありませんから、お飲みになられては」


「あぁ、そうだね」



浅見君の言葉に肯定の返事をした私を、珠貴は目を丸くして見つめた。

倒れても知りませんよとでも言いたそうだ。


次々と運ばれてくる目にも美しい料理に女性たちは歓声を上げ、美味しいと

連呼しながら箸がすすんでいた。

彼女への疑いなどなかったように、珠貴と浅見君の会話は弾んでいる。

これまでに起こった事柄を並べ、どうなるのでしょうねと女二人は眉を寄せなが

らも、 「きっと良い方向へいきますね」 と楽観視する言葉もでていた。

浅見君は、時にはゆっくりお酒を楽しまれるのもよろしいでしょうと、私が飲む

様子に満足し、珠貴は、いつ私の顔色が変わるのではと心配しながら、まったく

変化のない私に驚いている。


私はというと、浅見君だけでなく堂本への疑惑も晴らしきれず、心から楽しむには

ほど遠い気分だった。

堂本は彼女たちの話に加わりマスコミの取材の苦労などを話していたが、その話に

もところどころに虚偽があった。 

堂本の言葉の端々に織り込まれたウソは何を意味するのか。

私へわかるように、わざと言っているとしか思えないのだ。

また、私のために用意されたアルコールは、すべてノンアルコールだった。

堂本の指示であるのは明らかだったが、それならなぜ私に、強い酒を勧めたの

だろう。

彼の不可解な行動は、私を惑わせるばかりだ。



一見楽しい食事会がすみ、珠貴と浅見君は先に帰っていった。

彼女たちを迎えに来たのは知弘さんだった。

浅見君と珠貴を二人にすることにためらいがあったが、知弘さんがいるとなれば

話は別だ。

安心して彼女たちを見送った。



三人を見送り振り向いた堂本は、それまでになく真剣な顔をしていた。

「もうしばらくよろしいでしょうか」 と、断れない雰囲気をただよわせている。

俺も話があると告げると、彼は私の言葉を待っていたように 「ではこちらへ……」 

と別の部屋へと案内した。


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