ボレロ - 第三楽章 -
そこにはグラスの用意ができていたが、酒ではなくソフトドリンクだった。
お口直しにどうぞ、ノンアルコールのドリンクはあと味がよくありませんのでと
淡々と告げる。
これからが本番なのだ。
正面に座った堂本に単刀直入に問いかけた。
「君は私に話があったはずだ。聞かせてもらおうか」
「何から話しましょう」
「須藤社長の入院をマスコミに流したのは、堂本、君か」
「はい、私が雑誌社に情報を提供しました」
「やはりそうか。君は、俺が気づくように話をしただろう」
「おっしゃるとおりです。副社長なら気がつかれると思っていました」
「君は車の運転をしない。運転できない者が、知弘さんを病院に送るなど無理だ。
病院で記者に会ったのも作り話だろう? もともと病院には行っていないのだから、
記者に会うはずもない。
顔なじみの記者に会うなど、話ができすぎている」
「できすぎた話を、浅見さんと珠貴さんは信じたようですね」
「ふっ、そうみたいだな。浅見君はそのまま信じただろうが、珠貴は君の目の
障害を知っている。
今夜の話を思い返したとき、気がつくかもしれないね」
「ですが、浅見さんひとりに信じてもらえばいいことなので」
「そこだ。なぜ君は浅見君にウソを言った。それより、雑誌社に情報を流したのは
なぜだ。
ずっと考えていたが、結局理由はわからずじまいだ。美味しい料理も味わえな
かったよ。
もう一つ、俺が飲めないのを知りながら、なぜ強い酒を勧めたのか、なにもか
もが疑問だらけだ。全部の答えがほしい」
「……そのまえに、副社長にお聞きします。私の言葉をすべて信じていただけ
ますか。浅見さん同様、私へも疑いが向けられているはずです。疑わしい者の
言葉を信じられますか」
堂本は私を試している。
自分を信用できるのかと聞いてきたが、言葉の本当の意味は反対だろう。
彼が私を信用できるのか、できないのかを、私の言葉から探ろうとしているのだ。
そんな相手に偽りやごまかしの言葉はいらない。
すべてをさらけ出し本心を見せるだけだ。
「こういう場合、どう返事をするべきなのか正直迷っている。いや、迷っていた。
いま、疑っているのに信じられるのかと聞かれ……考えた。
一時は君を疑ったが、どうしても疑いきれない。むしろ信用しようとしている。
先日のパーティーのトラブルで君は私を探し、助けるために懸命に動いてくれた。
あの働きに偽りはないと信じている」
「副社長へウソの答えを告げるかもしれませんよ。とんでもなく、悪いことを
考えているかもしれない」
「それでも、俺の直感がコイツは信じていいといっている。物事は理詰めで
考える、対人においては例外だ。
誰かを信じられるかそうでないかは、俺にとっては、誰かを好きか嫌いかと
同じで感情が決める。いままでもそうやって人を信じてきた」
「もし……信じた相手に裏切られたら……」
「そのときは、自分の勘がはずれたと嘆くだけだ」
「それだけですか」
「あぁ、それだけだ」
私の返事を聞き、堂本は大きく息を吐いた。
近衛宗一郎氏にかけ引きは通用しないようですね、と言った顔は、何かを決めた
ようだ。
「私が須藤社長の情報を流したのも、浅見さんにありもしない話しを聞かせたのも、
すべては彼女の動きを封じるためです。そして、彼女を追い詰めるために」
堂本の顔に、鋭さが戻っていた。