黄金(きん)の林檎
 姉は高校生になると随分人と話せるようになって友達も出来た。
 そんな姉が、駅で高校生の男と話しているのを偶然見かけたのだ。

 たぶん同じ中学のヤツなのだろう。
 駅で偶然会って挨拶しているだけ……それはわかっていた。
 けれど家族以外にはめったに笑わない姉が、その男と話していて小さく笑ったのだ。

 あの笑顔は俺のものなのに!

 そんな激しい嫉妬を感じた。

 家族なのに他の男に嫉妬してしまう。
 そんな気持ちに戸惑い。
 毎日イライラして姉とも距離を置くようになっていった。

 家族は俺が反抗期になったと思っているようだったが、俺は自分の気持ちと戦うだけで余裕がなく精一杯だったのだ。
 そんな時だった。

 夏休みに入る終業式の前日。
 まったりとした気分でテレビを見ていた俺を母が呼んだ。

 いつものように返事をすると母が、俺の頭を子供のように撫でた。
 少し乱暴に撫でられたので髪がぐしゃぐしゃになったので俺は文句を言ったと思う。

 「いきなり何をするんだ」とかそういったセリフだ。
 そんな俺に母は少しだけ困った顔をする。

「稜、和泉ちゃんにだけは優しくしなさい」

 急にそんなことを言われてすごく不愉快になったことを覚えている。

 誰よりも優しくしたいのだ。
 でもどうしても出来ない。
 そんな自分をどうすればいいのかわからなかった。

「……優しくしている」

 そう少し強く返すと今度は頭を叩かれた。

「最近、優しくしていないでしょ? ……お母さんはね。和泉ちゃんを引き取るって決めた時、たくさん色んなことを考えたの。例えば稜が和泉ちゃんを家族として見れないかも……とかね?」

 母の言葉に心臓が大きく鼓動した。
 自分にとって一番聞きたくない言葉を母が言う。

「お母さんは稜が和泉ちゃんを家族として見れなくても怒らないつもり。でもパパと和泉ちゃんはだめよ。ちゃんと隠して。カモフラージュでもいい他の女の子に興味あるふりをしなさい」
「母さん……何、言って……」
「パパは常識人だからきっと怒る。そうしたら和泉ちゃんが苦しむわ。だから苦しくても隠し通しなさい」
「……」

 母はやっぱり俺の母だった。
 俺の気持ちなんて簡単に見抜いていた。

 母の望みはこれ以上姉を傷つけないこと。
 それだけだ。

 俺だって姉を傷つけたくはない。
 だからその日から俺は姉の為に自分の気持ちを隠した。
 どんなに好きでも。
 どんなに苦しくても。
 姉の幸せを守る為だけに……。
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