deep forest -深い森-

少しずつ早くなる鼓動に、梨乃は苦し気に美しい顔を歪ませた。



窓の外に、沈丁花の低木が一本…二本…



｢大丈夫かい、梨乃。ほら、もう『伽羅』は目の前だ｣



蓮實の言葉が終わると同時に。



サァー…と、風が鳴り、沈丁花の香りが強くなった。



車が止まると、辺り一面に沈丁花の木。



何十では、きかないかもしれない。



森が拓かれ現れた、荘厳で優美な洋館と、その館を囲むように植えられた沈丁花。



まだ春と呼ぶには肌寒いこの時期に、開きかけた沈丁花の花が風に揺れている。



｢さあ、梨乃、おいで｣



先に車から降りた蓮實が、梨乃の手を取りエスコートする。



｢少し…雨が降ったようだね。足元が悪い｣



蓮實は地面のぬかるみに戸惑う梨乃を抱き上げ、館へと運ぶ。


生活に困る程ではないが、梨乃の足に不安定なぬかるみは危険だ。



｢ありがとうございます…｣



と、言う梨乃の声と。



｢おかえりなさいませ。蓮實さま。梨乃さま｣



と、言う老紳士の声が重なった。



｢おかえりなさいませ｣｢おかえりなさいませ｣



メイド姿の使用人達も、左右に並んで２人を出迎える。