deep forest -深い森-
「…お兄様…」


梨乃は、伸びの終わった猫のような艶やかさで蓮實を見ると。


「梨乃は湯浴みに参ります」


と、言ってカヨとメイド2人を引き連れて、奥の扉へと消えた。



「毎日梨乃さまのお世話をさせていただいている私でも、梨乃さまの、あの艶やかさには息をのみます。楠木さまも…きっと…」


片桐は、梨乃の姿を追わないように、スッと視線を床に落とし、ソファー下に敷かれた赤い絨毯のペイズリー模様を眺めた。

この館で勤める以上、梨乃には関心をもたない方がいい。

あの美しい少女に、すがりついた老画家は、その日の夜に姿を消した。

自分には知らされていない闇が、この館『伽羅』にはある。



「下衆な男が梨乃に現実を求めるなど愚の骨頂」

ふふ…と、蓮實は笑うと、片桐にコートを脱いで手渡した。


「承知しております」


俯いたままの片桐。


「片桐、オマエは臆病で小賢しい。私はオマエのそこが気に入っているよ…」


そう言うと蓮實は、続けて。


「楠木の件、オマエの好きにしろ」


と、片桐の肩を、すれ違いざまに叩き、広い階段を上がって行った。

二階に上がると言う事は、今夜はもう声をかけるな…と、いう事だ。
< 26 / 49 >

この作品をシェア

pagetop