deep forest -深い森-
「……」


栄ゑは、口を閉ざしてしまう。


園生は、フッと笑って。

「自業自得だ。機嫌が悪いも何もあるか」


と、言って軽く肩をすくめて見せる。


そして。


「栄ゑは調理場にいて、オレの帰宅には気付かなかった。それでいい。他の女中共も集めて銀食器でも磨かせておけ。無駄な怒りを買う必要はない」


と、続けて告げると、調理場の扉を閉めて、栄ゑの言葉を聞かずに歩き出した。


栄ゑは、一瞬、扉を開けて、すぐ園生の後を追う事を考えたが、左手のコートから立ち上がるほのかな香りに、園生がもう子供ではない事を実感し、扉のノブにかけようとした手を下ろした。


奥様が他界されてから……はやいもので、既に十五年が過ぎようとしている。

あの頃、泣く事も出来ずに震えていた少年は、私が見上げる青年に成長した。

自分勝手に見えて、相手を気遣える優しさは、武生よりも、園生の方が、創業者の邦生に似ているのかもしれない。
栄ゑは自分の事を気遣う園生の優しさに、ほんの少しの寂しさを感じつつ、けれど成長した息子に胸を張る母親のような気持ちにもなり、誰にも見られていないのを確認すると、少しだけ、誇らしそうに笑った。
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