deep forest -深い森-
甘い香り
「ごきげんよう、梨乃」
本当は顔なんて、見たくなかったのに。
まるで、そう言われているような気がして、梨乃は身体を堅くした。
「お姉さま、ご婚約、おめでとうございます」
それでも、これだけは伝えなくては。
梨乃は俯きながらも、自分とは違う大人の艶やかさを持つ姉に、祝いの言葉を告げた。
「辛気くさい顔で言われても、嬉しくありませんわ」
梨乃の姉、志乃は、自分より周囲の目を集める妹を、憎々しげに見つめた。
「…申し訳、ございません。お邪魔に…ならないように…しますので」
顔を上げると涙が零れてしまいそうで、梨乃は、そのまま頭を下げ、逃げるように志乃の元から離れた。
でも
言わなきゃイケナイ事は、ちゃんと伝えられた。
だから、この会場内に居なくても、もう誰も咎めはしない筈だ。
梨乃は少しだけ右足を引きずりながら、会場の外へと逃げ出した。
「かわいそうに。可愛い瞳に涙をためて、君に笑ってもらいたかっただろうに、酷い姉上様だな、志乃姫は」
「右京さん…あなたも梨乃が、お好みなのかしら」
ムッとした顔で、婚約者の右京大祐を見つめる志乃。