deep forest -深い森-
「ご冗談を。僕が志乃姫に夢中なのは、ご存知の筈じゃないですか」
ニッコリと笑みを見せ、軽く志乃を抱き寄せる右京。
志乃は…
「お口がお上手ね」
と、言うものの、まんざらではなさそうな顔。
けれど右京は志乃を抱きしめながら、部屋の外へと消えてゆく梨乃を目で追っていた。
政財界の要人にしか指名することが出来ないという、高級娼婦…深山咲梨乃…
仲良くしたいじゃないか…僕は、梨乃の兄になるのだから…
右京はフッと、息を吐いて笑った。
人の目を、声を避けて来たら、とうとう会場裏の勝手口まで来てしまった。
この場所に、梨乃が娼婦だという事実を知る者はいない筈だ。
けれど、夜の相手をするようになってから、見つめられる全ての視線が、怖くなった。
好きで、あんなこと…している訳じゃない。
でも、そうしないと、生きてイケナイ。
久々に戻った我が家で、使用人しか利用しない戸口で涙を流す。
梨乃は、ふう…と、小さく息を吐くと、重たい鉄の扉を開けて、裏庭へと歩き出した。
蓮實に黙って帰ってしまおうか…
梨乃は涙を拭いながら、夜空を仰いだ。
梨乃の涙とは対照的に、空には月と星が輝いている。