眼鏡越しの恋
結局、朝一の戸田との会話のせいで、俺は午前中、ずっと不機嫌だった。
イライラはまったく落ち着く気配がない。
戸田に言われたことを気にしている自分がイラつく。
昼休み、いつものようにさっさと昼食を済ませて自分の席に座って目を閉じていた。
「・・・匡?」
その声に閉じていた目を開けると、座る俺を見下ろしている祥子がいた。
祥子の落ち着いた澄んだ声を聞くと、心を支配していたイライラが影を潜めるから不思議だ。
「どうした?」
自分で意識しているつもりはないが、たぶん祥子に話しかける時の俺はいつもよりずっと声が穏やからしい。
苛立ちで強張っていた顔も自然と綻ぶ。
祥子が現れた瞬間にコレなんて、マジで重症だ。
まあ、それもまったく嫌な気はしないし、重症で上等だと思っているけど。
「まあ、座れよ」
そう言って、俺の前の席の椅子を引いてやると、祥子は頷いて大人しくそこへ座る。
そして、目元にかかる前よりは短くなった前髪の隙間から俺を見上げた。
本人はまったくの無自覚だけど、このじっと俺を見上げる上目使いには未だにドキッとする。
俺が前髪を切らなくていいと言ったから、顔が完全に露わになるほどは短くしなかったけど、祥子は以前より前髪を短くした。
斜めに流れる前髪が赤い縁のメガネ越しの目元をかろうじて隠しているものの、前よりはずっと、その綺麗な顔も意外とコロコロと変わる表情もわかりやすくなった。
だからこうして祥子と顔を合わせていると、俺らしくなく鼓動を暴れさせたりすることが増えて、かなり焦るんだけど。
当の本人はいいのか悪いのか、まったく気付いていない。