眼鏡越しの恋
「美香、悪いけどちょっと行ってくる」


「瀬能君のところ?」


どこに行くと言っていないのに、匡のところだとすぐにわかる美香に、「うん」と勢いよく頷くと、美香は「じゃあ」と言って、胸ポケットに挿さっていた赤い色のピンを取り出した。


「メガネなくてよく見えないのに、その長い前髪で視界遮ってたら危ないでしょ」


そう言って、私の目元にかかる前髪をさっとそのピンで留めてしまった。


「え、でも・・・」


「取っちゃダメだからね!」


斜めに留められた前髪に触れそうになった私の手を、美香にがしっと掴まれた。
そんなに強い口調で言われると、頷き返すしかできない。


メガネがない上に、前髪まで留められたら、顔を隠すアイテムが何もない。
そのことがとても不安で、心もとない。


そんな私の気持ちを知ってか知らずか、眉を下げる私の背中をパチンと叩いた美香は満面の笑みで私の背中を押した。


「ほら、瀬能君のところへ行くんでしょ!行って来いっ」


美香がどうしてこんなに機嫌がいいのかわからないけど、私はその勢いに圧倒されてぎこちなく頷くと、席を立って教室を出た。


視界がはっきりしないから、廊下を歩くのも一苦労だ。
しかも、なぜかみんなが私の方を見ているような気がして仕方ない。


・・・こういうのを自意識過剰っていうんだろうか。


匡の教室までの短い距離を私はなんだか居た堪れない気持ちで歩いていた。

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