眼鏡越しの恋
だんだんと状況が呑み込めてきたのか、目の前で笑い声を上げるお兄ちゃんに匡がまた不機嫌そうに眉を顰めた。


「あぁ、ごめん、ごめん。いやだって、キミがあんまりにも露骨に睨むから、つい意地悪したくなってさ。ホント、ごめんね?」


『ごめん』なんて思ってないだろう・・・


目に溜まった涙を拭いながら、まだ笑いを噛み殺すようにしているお兄ちゃんに、私は冷たい目を向けて、溜息を吐いた。


「えっと・・・」


「瀬能・・・瀬能匡です」


匡の顔を見ながら首を傾げるお兄ちゃんに、匡はまだ少しムッとしたまま自分の名前を告げた。


「うん、瀬能君ね。じゃあ、瀬能君は祥子がメガネのままで問題なしなんだね?」


「・・・はい。まったくない、です」


改めて訊き直すお兄ちゃんに、匡はぎこちない敬語で答える。
さっきまで不機嫌さに任せて使っていなかったその言葉使いに匡自身が戸惑っているみたいだ。


「ドライアイでも装着できるレンズがあるのは本当だけど、まあ、無理にとは言わないよ。だったら、メガネはどうする?このフレームに合うレンズが届くのが3日後だから、その間、代わりのメガネ貸出しする?」


お兄ちゃんはそう言うと、後ろの棚を開いて、ゴソゴソと何かを探し始めた。
しばらく何かをチェックしながら探し物をしていたお兄ちゃんは、私達に振り返ると、細いシルバーフレームのメガネを私の前に置いた。


「コレなら祥子でも使えそうだよ。度数も問題ないし、ちょっとかけてみて?」


机の端にあった鏡を私の目の前に持ってきたお兄ちゃんに促されて、私はそのメガネをかけてみる。
さっきまで靄がかかっていたみたいだった世界が、パッと急に明るくなった気がした。


「どう、違和感は大丈夫?遠くの方も見て」


言われた通り、少し遠くを見渡すように店内に視線を向ける。
フレームが細くなった分、軽いからか少し変な感じだけど、見え方に問題はないみたいだ。


「大丈夫、よく見えるよ」


「そう、じゃあソレこのメガネが直るまで貸出しってことで」


「ありがとう」


私がお兄ちゃんに笑顔でお礼を言うと、お兄ちゃんは「でも・・・」とちょっと残念そうな顔をした。

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