嘘つきキャンディー
取引という名の
どれくらい走っただろうか。
見知った景色はすでに遠ざかり、今ここは外灯も少ない閑静な住宅街。
あれからずっと私の腕を掴んだままのこの人も、徐々にスピードを緩めて足を止める。
前屈みで膝に両手をついて呼吸を整えている彼は、あまり体育会系ではないらしい。
俯いているせいで、顔はまだ見えない。
けれどシルエットは細身で、随分身長が高いようだ。
風に揺れる赤茶色の柔らかそうな髪が、月明かりに照らされてキラキラ光っている。
お、王子様だ…
「あ、あの…、ありがとうございました。」
「あぁ…。」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃねぇよ、バカ。」
「…!ご、ごめんなさいっ。」
ぜぇぜぇ言いながらも、顔は上げないまましっかり毒を吐く。
バ、バカって!この人口悪っ!!
しかも全然体力ねぇ!!
前言撤回。この人王子様じゃない。
「…はぁ。疲れた。
ちょっと休憩。」
そんなことを呟きながら、すぐそこにある小さな公園までふらふらと歩き出した彼に、私は黙ってついていった。
公園内の外灯が、少しずつ彼の姿をはっきりしたものにしていく。
走ったせいか乱れた赤茶色の髪。
男の人らしい広い背中。長い手足。
やっぱりどこかで覚えのある、爽やかなコロンの香り。
……そういえばあの人の髪も、赤茶色じゃなかったっけ?
ふと過った可能性に、私の身体からはさーっと血の気が引いていく。