嘘つきキャンディー
た、確かに…。
悔しいけれど、彼の言っていることは正論だ。
でも、いくら正論でも、あのバイトは今辞めるには凄く惜しい。
だってこのバイト以外に、楽しくて時給も良くて、しかもシフトの自由もきくバイトなんてない。
「か、考えてみます…。」
「あ?何言ってんだ。
お前に拒否権あるとでも思ってんの?」
「な…っ、だってさっきからズルくない?!
私のメリットなんて、バイトのこと黙っててもらうことくらいじゃん!!」
「お前な、俺に助けてもらったんだろ?俺がいなかったら、今頃あのストーカーにヤられてたんだぞ。
あともう一つ言わせてもらうけどな、俺が黙っててやるって言ってんのはバイトのことだけじゃねぇ。」
「え…、」
「お前こそ随分違うじゃん。学校での“清水さん”と。」
その言葉に、私の思考が一瞬フリーズした。
完全に無意識だった。
いつの間にか私は、この人に対して素で話してしまっている。
「バラされたくなかったら、俺の言うことは聞いておけよ。“みるくたん”。」
「…そ、それ脅しじゃ、」
「言ったでしょう?取引ですよ。」
爽やかに笑った彼の表情は、いくら同じでも、もうあの“矢野先生”には見えなかった。
肩に回された彼の腕が離れる時、一瞬冷たい指先が私の首筋を掠める。
そこからひんやりと温度が伝わって、身体の熱が奪われていく。
「さぁ、もう遅いですからね。
“僕”のアパートの駐車場まで少し歩きますが、それでも良ければ送りますよ。“清水さん”。」
彼はそう言うと、いつまでも座ったままの私の腕を引いた。
一人称を“僕”、私のことを“清水さん”と呼んだ彼は、もうすっかり“矢野先生”を演じていた。