花と蜜蜂
いつの間にか重ねられていた手は離れていて。
椅子の背に体を預けた彼は、ネクタイをクイッと緩めている。
幻だろうか。
きっとそうに違いない。
だって、あたしの知ってる鳥井くんは、手を繋ぐにも顔を赤らめるような、そんな純情な少年だった。
はにかんだ笑顔が好きで、笑った時に出来るえくぼも、大好きだった。
1ヶ月間だけの、プラトニックなお付き合い。
それでも、あたしの中で輝かしい青春の1ページなのだ。
その彼が……突然、あたしの目の前に現れた。
「ビックリ~。気付かなかったよ、なんか雰囲気変わった?いい男にになったんじゃない?」
「はは。相変わらずだな、山下」
「まぁね。イイ男には目がないから」
ケラケラと楽しそうに笑い合うふたりを茫然と眺める。
今ここに、あたしはきっと存在してない。
ふたりの中で。
「篠田は?俺になんか言う事ない?」
「……は?」
いきなりこっちを見たと思ったら、頬杖をついた駆は挑発的に笑う。
なにその目。
どーせ、この年でフラレタかわいそうな女ですよ。
噂で聞いてますよ?あなたには可愛い奥さんがいるようですね。
ツンと顔を背けて、残りのカクテルを喉に流し込む。
「別にありません」
こんなのってない。
だってあたしの初カレなのよ?
勝手に美化しちゃってたあたしもいけないけど、それにしても今目の前にいる彼からは、あの爽やかな夏空なんてまったく浮かんでこなかった。