花と蜜蜂
その時だった。
突然真由香が叫んだのは。
「あーっ、しまった!」
携帯を掴んで、カバンの中をゴソゴソと探る。
真由香はしばらくその行動をしたあと、大きくため息を零した。
「……ごめん、花。あたし会社戻らなくちゃ」
「え?」
「明日朝一でクライアントに持ってくハズの書類忘れちゃったのよぉ。もうほんとバカ!だから、ごめん。 鳥井君、花の事よろしく」
「ええっ」
あたしの動揺だけ置き去りにして、真由香はお財布からお札を取り出してさっさとお店の外に飛び出してしまった。
――カランコロン
涼やかな鐘の音。
今は、なぜか虚しく聞こえてハッとした。
左側に座るのは、13年ぶりの再会を果たした元彼。
焦るあたしとは正反対の彼は、表情一つ変えず携帯を確認していた。
……奥さんから?
なんて思い、フルフルと首を振る。
帰ろう。
駆にお願いされる必要ない。
鞄を引き寄せて、財布を探すあたしの手は、またも駆の手で制止された。
「帰るの? せっかく会えたんだし、もう少し飲もうよ」
「え……」
下から覗き込むようにする駆。
なぜか少し甘えたようなその声色に、勝手に胸が飛び跳ねた。
掴まれた腕が震えそうで、慌てて掴んでいた財布を離す。
やだな、奥さんいる人と……。
駆は、まだ帰らなくていいんだろうか。