花と蜜蜂

視界がジワリとにじんだその時、頭の上にフワリと手が乗せられた。


「俺はいいから。お前明日仕事休み?それならこのまま泊まってくか」

「え?だ、ダメだよ! 駆は帰らないと。あたし、ひとりで平気だから。これ以上迷惑かけられない」

「今更だろ」

「でもっ」


言いかけたあたしを無理矢理立たせると、駆はその切れ長の瞳をグイッと細めた。
一瞬で変わる雰囲気に、心臓がドキリと波打つ。

駆はあたしを後ろから見下ろすように覗き込むと、耳元にその唇を寄せた。



「……そこまで言うなら、襲わせて頂きます」

「え」

「なんだよ、迷惑ついでだ。体で払えよ」

「やっ、それはダメ!だって奥さんがいる人となんて、あたし…っ」

「はあ? ……ま、いいから早くして。俺、寝ちゃうよ?」



言われるがまま、お風呂場に押し込まれてしまった。
大きな鏡の前で、ボロボロのあたしが立っていた。


ドッキンドッキン


極度の緊張とお酒の力も合わさってか、息をするのも苦しい。


な、なんなんだろう。
どういう事?
さっきの、冗談なんだよね?

ダメだとわかっていても、鏡の中のあたしは真っ赤で、胸の前で握りしめた手が俄かに震えていた。



駆……。

あの時は、手を繋ぐのだってぎこちなくて。
もちろんキスもエッチもせずにあたし達は、別れてしまった。


だから、眩しいくらい綺麗だった思い出なのに。


13年の時を経て現れた、あの彼は。
飄々と軽口をたたく。



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