花と蜜蜂

顔を上げるのも怖い。
聞き間違いかも。
もしそうだとしたら、どうかしてる。

それに、泣いてたなんてバレたら、うまくごまかせる自信ない。


「……」


ブーンとエアコンの音だけが、聞こえて耳鳴りさえしそうだった。

ジッとしてると、駆が寝返りを打つのがわかった。
寝てると思ってくれた?

きっと背を向けたんだ。


駆……あたし、こんなんでごめんね。
駆には、帰るべき家庭がある。

それをあたしは忘れちゃダメだ。



ギシ


「なあ、篠田」


え?


ハッとして目を開けると、すぐそばであたしを見下ろす駆の顔。
なんで?

瞬きするのも忘れて、あたしは駆を見上げていた。



「最初から恋愛するのが嫌なら、俺にしろよ」

「……へ?」


駆?

言ってる意味が……。

足元を照らすだけの間接照明。
オレンジの淡い光が、ほんの少し口角を上げた駆を妖艶に映す。

固まったままのあたしの髪に、彼の手が触れる。

ずっと切れずにいた髪を指ですくと、駆はそのままそっと口づけをして見せた。



ドキン


喉の奥がキュッとなって。
体中の体温が、じわじわと上がりだす。

そんなあたしに、駆は距離を縮めながらその瞳を細めた。
優しく、優しく、囁くような駆の声色。



「13年前の続き。 俺と恋愛しよ」

「え……」



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