巡り愛
「圭さん?」
黙ってしまった圭さんの名前を小さく呼ぶと、圭さんははっとしたように瞬きをした。
「あい、あんまり無理しないで。ゆっくり上ろう」
どこか硬い表情のまま、圭さんはそっと私の手を引いて、さっきよりもずっと歩調を緩めて頂上までの残りの坂を上った。
私も圭さんの歩調に合わせて、ゆっくりと歩くと、さっき感じた動機はもう感じなかった。
私の運動不足のせいで、圭さんに余計な心配をかけてしまったなと申し訳なく思いながら坂を上りきった。
辿り着いたそこは、眼下に広がる街並みが小さな模型みたいに見えるとても素敵な場所だった。
夜なら噂通り、夜景がとても綺麗だろうと思う。
「圭さん・・・どうしたの?」
さっきから口数の少なくなってしまった圭さんをそっと見上げながら訊ねた。
圭さんは一瞬、すごく不安そうな瞳をしたけれど、すぐに柔らかな笑みを浮かべて首を左右に振った。
「何でもないよ。いい景色だね。夜なら夜景がすごく綺麗だろうな・・・次は夜に来よう」
優しい笑顔で私を見つめて、その笑顔を同じくらい優しい声でそう言った圭さんに、少し不自然さを感じながらも、私は微笑み返して頷いた。
「うん、圭さんと一緒に見る夜景はとっても綺麗だろうね」
「あいの方がその何倍も綺麗だけどね」
そう言って繋いでいない方の手で私の頬を愛しげに撫でる圭さんにくすぐったい気持ちになりながら、幸せで満たされた私は頬を真っ赤に染めて、にっこりと笑った。
心配性の圭さんだから、運動不足の私を心配してくれただけ。
幸せで満たされた私は、不安そうな圭さんの表情をそう理解した。
この時はまだ、圭さんの抱える不安の本当の意味も知らないで。