巡り愛
今日も一日の業務がそろそろ終わろうとしていた夕方5時半過ぎ。
定時を少し回って、ちょうど書類の整理をし終え私は、片づけを始めようとしていた。
そこへ受付に入っていた中野さんがパタパタと足音を立ててやってきて、私の耳元で小さく呟いた。
「彼氏、お迎えに来てるよ」
「え?」
私はびっくりして中野さんを見上げると、中野さんはニヤッと笑っていて。
その彼女の意味深な笑みに私はそれが冗談なんかじゃないんだと理解した。
「彼、桐生さんだっけ。よっぽど水瀬ちゃんのことが好きなんだね」
「え・・・なんでですか?」
まだ他の同僚や上司のいる事務室で小声で話す中野さんに私は頬が熱くなるのを感じながら、片づけの手を止めないで訊き返した。
「だって、水瀬ちゃんに早く会いたいって顔してるもん」
「えぇ??」
ニヤリと笑ったまま、そんなことを言う中野さんに顔を真っ赤にして、思わず声を上げてしまった。
上司や他の先輩達がちらりとこちらに向けた視線を感じて、私は口に手を当てて、俯きながら、隣の中野さんを見た。
「照れちゃって水瀬ちゃん、可愛い」
「中野さんっ」
小さく抗議の声を上げる私を見て、中野さんはケラケラと笑いながら「お待ちかねだから早くね」と言って、事務室を出ていった。
私は止めていた手を急いで動かして、慌てて帰宅の準備をすると「お先に失礼します」と上司達に声をかけて事務室のドアへ向かった。