巡り愛


車は30分くらい山手の方へ走り、同じ市内にある小さな温泉街に着いた。


古くからある温泉街で割と有名だと聞くけれど、近場過ぎて私は泊まりに来たことはない。


同じ市内だというのに、小学校の遠足でこの近くの公園に来たのが最後だった気がする。


圭さんが車を停めたのは、温泉街の奥に位置する大きな純和風の旅館の前。
こんなに立派なところだと思っていなかった私は、車の窓から見上げた旅館の佇まいに少し緊張していた。


圭さんが先に車を降りて、助手席のドアを開けてくれる。
私の手を持って支えるようにしてくれるのに身を任せて、私は緊張したまま車を降りた。


車を降りて、窓越しじゃなく、直にその建物を見上げていた時、旅館の玄関の方から誰かが歩いてくる気配を感じて、そちらに視線を向けた。


旅館の中からこちらへ向かってくるのは、着物を着た女性で。
遠目にもとても上品そうで綺麗な人だとわかる。


圭さんもその人に気づいたのか、『早いな』と小声で呟いている。
その言葉の意味がよくわからなくて、隣に立つ圭さんを見上げるけれど、圭さんが私に何かを話し出す前に、歩いてきていた女性が声を掛けてきた。


「圭、おかえり」


「・・・ただいま、母さん」









――――…え?






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