巡り愛
「母さんがいきなり話し出すから紹介するタイミングを外したんだろ?相変わらずだな・・・」
「いいから、ほら、早く!!」
お母さんの勢いに押されて、圭さんは一つ溜息を吐くと、隣で呆然と立つ私の背中に軽く手を置いてお母さんの前に促すように立たせた。
「こちら水瀬あいさん。僕の大切な人だよ。あい、この煩い人は僕の母さん・・・」
「圭、余計なこと言わない!あいさん、はじめまして。圭の母です。今日は来てくれてありがとう」
圭さんをひと睨みしたお母さんは、もう一度私に柔らかな笑顔を向けてくれた。
私は圭さんが言ってくれた『大切な人』という言葉に一瞬、嬉しくてドキンと鼓動が跳ねたけれど、そのお母さんのご挨拶に慌てて頭を下げた。
「は、はじめまして!水瀬あいです。いつも圭さんにはお世話になっていて・・・急にお邪魔してすみません」
「気にしないで。来てくれて本当に嬉しいの。圭って今までまったく女っ気がない子だったから、心配していたんだけど。こんなに可愛らしいお嬢さんを連れてくるなんて、安心したわ。今日はあいさんが来てくれるって言うから、うちの自慢のお部屋を用意したの。どうぞゆっくりして行って下さいね」
「そんなに気を遣ってくれなくてもいいのに・・・」
「誰もあなたのためにしたわけじゃないわ。あいさんのためよ」
お母さんはやっぱり見かけの上品さと性格や口調は違うみたいで、圭さんの言葉をバッサリ切り捨てた。
圭さんはそんなお母さんに慣れているのか、苦笑いを浮かべて肩をすくめた。
「お気遣い頂いてすみません」
私がもう一度頭を下げてそう言うと、お母さんはまた笑いかけてくれて、私達を促すように旅館の玄関へ向かって歩き出した。