巡り愛
「失礼します」
半分ほどお料理を食べた頃、障子戸の向こうから落ち着た男の人の声が聞こえて、私は持っていた箸を置いて、振り返った。
ゆっくりと障子が開いて、現れたのは白衣を着た板前さん・・・という身なりの男性で。
年齢はたぶんうちのお父さんと同じくらいだと思うけど、キリッとした目元が印象的で。
大人の色気を滲ませた丹精な顔に一瞬、見惚れしまった。
そんな私と目が合うと、その人はにっこりと優しい笑顔を見せた。
「お食事はお楽しみ頂けていますか?」
「は、はい。とっても綺麗でどれも美味しくて!」
「それはよかった」
笑顔で私に話しかけてきた板前さんに、私も笑顔で答えると、さらに嬉しそうな笑顔を見せてくれて、私はなぜか温かい気持ちになった。
この人がこのお料理を作ってくれたのかな?
笑顔の板前さんにお料理のお礼を言おうとした私は、先に発せられた圭さんの言葉に驚いた。
「・・・父さんまでわざわざ来るなんて、そんなに気になる?」
「え・・・お父さん?」
今日は何度、こうしてびっくりしただろう。
私は目の前の笑顔の男性と呆れ顔の圭さんを見比べながら、呟くように訊いた。
「はじめまして。圭の父です。今日はせっかく来てもらったんだから、美味しいものをたくさん食べてもらおうと思って張り切って用意したんだ。気に入ってもらえてよかったよ」
「は、はじめまして。あの、本当にとても美味しいお料理ばかりで・・・お気遣い頂いてすみません」
相手の人が圭さんのお父さんだと思ったら、急に恥ずかしくなってしまって。
しかもこんな豪華で美味しいお料理をお父さんが作ってくれたことがわかって、私は恐縮しながら頭を下げた。
「ほら、わざわざ父さんが来るからあいが余計に気にするだろ」
「煩いぞ、圭。お前のために作ったんじゃないんだから、黙っていろ」
お父さんとお母さんは似たもの夫婦なんだろうか。
お母さんが圭さんを一蹴したように、お父さんも圭さんの文句の言葉を一言で蹴散らした。