巡り愛
ボーっとそんなことを思っていると、私の名前が呼ばれた。
「お、あいちゃん、おはよう」
「おはようございます」
診察室へ入った私に挨拶を交わしてくれる矢野先生は今日も爽やかだ。
圭さんとはまた違った雰囲気だけど、ちょっとだけ着崩したイメージのする白衣がよく似合っている。
「桐生のヤツ、朝からすげぇご機嫌斜めで参ったよ。家でも文句言ってただろ?」
はっきりと肯定するのが少し恥ずかしくて、私は「ははっ」と乾いた笑いを返しただけだったけど、矢野先生には全部お見通しのようで。
「やっぱりなぁ~」
と笑われた。
「ホント過保護だね。アイツのどこにそんなキャラが隠れていたんだか」
「・・・え?」
矢野先生の何気ない一言に私は疑問が湧いた。
そんな私に気づいた矢野先生が、いつもは見せないような柔らかい笑顔を見せた。
「あいちゃんと出逢う前は、今とは全く別人だったからね、アイツは」
そう言って笑う矢野先生はどこか懐かしそうで。
私は今とは別人だという圭さんのことを想像できなくて、瞬きをして矢野先生を見た。
「ま、今の方が断然人間っぽくっていいけどね」
不思議そうな顔をしている私に矢野先生はいつものようにニヤッと笑って見せた。
「あんまり無駄話してると後ろの視線が怖いから、ここまでね。それじゃあ…―――」
矢野先生の言う『後ろの視線』は看護師さんのものだろう。
先生の肩越しに苦笑いする看護師さんの顔が目に入った。
お医者様モードに切り替わった矢野先生からの問診を受けながら、私は頭の隅にさっきの矢野先生の言葉が引っかかっていた。
―――…私と出逢う前の圭さんってどんな風だったんだろう?