巡り愛
今までなんとなく付き合った子は何人かいるけど、その子達にそういう言葉が向けられても、何も感じなかった。
今、感じているようなイラつきも、モヤモヤしたような嫌な感覚も何もなかった。
ただ、客観的に見て『可愛い』とか『綺麗』とか、そうなのかな・・・と思うだけで。
感情はまったく動かされなかった。
なのに、今はただ矢野があいのことを『可愛い』と言ってるだけで、すごく嫌な気分だ。
あいが可愛いのは僕が一番知っている。
だから他の男に今更そんなことを言われたくない。
あいに『可愛い』って言うのは僕だけでいい。
・・・そこまで思ったら、自分の独占欲の強さにびっくりした。
僕って本当はこんなヤツだったのか。
と、他人事のように思った。
でもこんな自分も嫌じゃない。
ひどすぎるのは、人としていかがなものかと思うけど。
僕にも人並みにそういう感情があって、実際ホッとしていた。
今まで、自分がかなり冷たい人間だと思っていたけど、それは“あい”以外は無意味だったってことだ。
“あい”だからこうして、些細なことにも心が揺れるんだ。
そう思ったら、今、現実にそれを感じられることが嬉しくなった。
今まで、心の中だけで想っていた彼女を今はこうしてリアルに愛せるんだから。
「・・・で、今度はなに?ニヤついてるぞ。桐生・・・お前、大丈夫?」
「余計なお世話だよ」
僕は矢野に指摘されて初めて自分の頬が緩んでいるのに気付いた。
あいのことを考えると、コントロールがまったく効かなくなるらしい。
「心配してやってるのに、失礼な奴だな。まあ、今に始まったことじゃないから別にいいけど。それよりさ、その子がさぁ・・・・・」
「ダメだよ」
矢野が僕の態度に呆れたように溜息を吐いて、僕のことはお構いなしにまた図書館での彼女のことを話し出したのを、僕はじっと矢野の目を見て遮った。