巡り愛

「あ、そうだ。・・・あの、私、明日はこの時間に電話出られないと思います」


『え?』


圭さんの声を聴いていたら、今日伝えなきゃいけなかったことをすっかり忘れてしまっていて。
それを思い出した私は、また圭さんのことを考えて忘れてしまう前にと慌てて伝えた。
それに返された圭さんの小さな声が、少しだけ不安そうに聞こえて、私は更に慌てて説明を加える。


「あ、あの、明日は仕事が遅番なので!別に誰かに会うとかそういう予定はないですから」


訊かれてもいないことに勝手に言い訳する自分に、言ってから後悔した。
圭さんは別にそんなこと気にしていないかもしれないのに。
一人で勝手に慌てて言い訳する自分がなんだかすごくバカっぽかった。


『遅番て?』


圭さんは私の言い訳にはスルーして、不思議そうな声で訊き返した。
バカな言い訳をスルーされて、更に恥ずかしさが増した。


「えっと・・・うちの学校って夜間のクラスもあるでしょ?だから、図書館はその時間も開館していて。普段は5時までの勤務ですけど、月に何回か閉館時間までの勤務があるんです」


私の職場の東都大は、併設された短大に夜間の看護科がある。
その夜間クラスのために、図書館は夜遅くまで開館しているのだ。


私達、日勤者と入れ替わりに、夜間のバイトの人がくるけど、バイトだけというわけにもいかないから、私達もローテーションで月に数日、遅番が組まれていた。


明日はその、月に数回のうちの1回で。
私は明日のこの時間はまだ職場にいなければいけない。
だから、圭さんからの電話には出られないわけで。


今までは遅番の日は出勤時間も必然的に遅くなるから、朝が楽でいいな・・・くらいでたいして苦でもなかった。
就業時間後に、あれこれ予定があるわけでもないし。
特別、意識していなかったんだけど。
圭さんとの毎晩の電話が楽しみで仕方ない今の私には、遅番は少し憂鬱なものに変わっていた。


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