巡り愛
「それに、アイツ。今は普通の精神状態じゃないかも」


「え?」


矢野が僕を見ながら大げさな溜息を吐いて、その溜息に消えるくらいの声でボソっと呟いた。
僕は意味が分からなくて、嫌そうに眉を寄せる矢野を訝しげな視線を向けた。


「・・・・・北野、ミスしたらしい」


「え・・・ミス?」


僕らの間で『ミス』と言えば、すぐに浮かぶのは『医療ミス』
でも北野は技術的にも精神的にもしっかりしている印象が強くて、『ミス』するなんて考えられなかった。
僕の向ける訝しげな視線に矢野は真顔で頷くと、同じくらい真剣な声で話し出した。


「北野ってアイツの地元の総合病院で内科医してるだろ?俺の大学の時の同期がそこの病院で医療ミスがあったらしいって噂を聞いてきてさ。そのミスを犯した医師が同じ東都大の卒業生で、それが北野じゃないかって・・・」


「・・・・・・・・」


北野が医療ミス・・・
僕にはやっぱりにわかには信じられなかった。
大学の時も、研修医の時も北野はとても優秀で、この仕事に対してもとても真剣に向き合っていた。


「俺もまさかって思うけど、完璧な人間なんていないから。噂の域を出ない話だし、詳細もよくわからないけど、100%ないとは言えないだろ。・・・それに、このタイミングでお前の前に現れたことと、さっきの必死な態度見たら・・・本当なのかもって思った。医療ミスって言い方は大げさなのかもしれないけど、何かあったのは事実な気がする。そう思うくらい、さっきの北野はおかしかった」


確かに。
北野はハキハキした性格で、明るいし、あんな風に必死にすがるようなタイプではなかった。
僕と別れる時だって、最初は『別れたくない』と言っていた北野だけど、僕の気持ちが変わらないとわかると、納得したように諦めてくれた。
その後も引きずっている様子はなくて、特別接点は持たなかったけど、気持ちを切り替えてくれたんだと思っていた。


だから、今日、突然現れた北野のあんな態度は意外だった。


それが矢野の話が原因だってことだろうか。
北野はそんなに弱い人ではないと思うんだけど・・・他人には計り知れないことなのかもしれない。


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