巡り愛
「・・・ところで、北野は?」
僕はさっきまでの和やかな雰囲気を切り替えて、真面目な顔を矢野に向けた。
それに矢野も「ああ」と小さく答えて、僕と同じような真面目な表情に変わった。
「意識は取り戻した。最初、少し混乱していたけど、今は落ち着いてる」
「そう・・・・・」
僕は少しホッとしながら頷いた。
矢野の診断も命に別状があるわけではないと言っていたし、僕もそこは心配していなかったけれど。
でも心の方はわからない。
意識を取り戻した時、どうなるか。
それが少し気がかりだった。
でも矢野が落ち着いたというなら、安心してもいい・・・そう思った。
「お前、北野と話しするのか?」
「ああ。ちゃんと終わらせないとな。・・・あいのために」
「・・・・・あいちゃんのためか。まあ、そうだな」
矢野は複雑そうな微妙な顔をした。
「北野にも、これ以上、逃げてほしくないしね」
そう付け加えた僕に、矢野は目を見開いて、意外そうな顔をする。
僕があい以外の人間のことを考えているのが、信じられないと言うように。
「あいを不安にしたくないのが一番。でも北野にも逃げてないで前を向いてほしい。僕とのことにまだ何か未練があって、そのせいで前を向けないんだったら、ちゃんと決着させたいって思ってるよ」
素直に言うと、矢野は驚いた顔をして、すぐにフッと表情を緩めて小さく笑った。
「わかってんなら、俺が言うことは何もないな」
矢野はそう言うと、僕の肩をポンと軽く叩いて、午前の診察に向かうために部屋を出て行った。
そして、午前の外来診察のない僕は入院患者のいる病棟へ向かって、部屋を出た。