株式会社「C8」




八代が会場に戻った時点で浩子は仕掛けていたギミックを遠隔操作し、爆発音を鳴らす。ただの「音」だが会場にいる全員がパニックになるだろう。その間に立間を殺し、爆発音の騒動に紛れ、浩子は自分の車で皐月と、八代も浩子とは離れた場所にある自分の車で別々にガーデンホテルを後にする。そう言った手筈だ。

ただ、黒野が何をしてくるか分からない以上気は抜けない。特に、立間の側にいる八代、時間を稼ぐ皐月は注意しなければならない。

此方は依頼を完璧にこなす事を売りにしている。黒野に立間を殺される訳にはいかない。此方が殺すのだ。それでこそ、依頼を完遂したと胸を張って言える。端から見ればどちらでも良いのだろうが、これが「C8」のルール。

本来なら、騒動を起こさずとも何の問題も無くホテルを出る事位出来るが、今回は黒野の存在がある。警備の者から逃げるのでは無い。黒野から逃げるのだ。

獲物が殺され、それを此方の仕業と気付けば新薬のデータがどこにあるのかを突き止める為に必ず尾行して来る。特に八代だ。立間の傍らに付き、彼女を連れ出した直後の騒動であれば八代に目を付けるのは定石。故に八代は別行動で会場を出る。黒野も邪魔立てしていた者達の中の一人が八代だと分かるだろう。だが、騒動を起こしそれに紛れる事で回避は出来る。


風間社長に贈られる盛大な拍手の中、黒野は未だに会場全体を見回していた。レンズの奥の狐目がやけに鋭い。


――どうしたんだろう。あんな細い目じゃ視界も狭いのかな?彼女ならそこにいるのに。


皐月は苦笑いを浮かべながら黒野を見る。余裕そうだが、内心は緊張していた。

適当に話を作って黒野を足止めする――。

皐月にとって、今までで一番危険な役割だった。上手くいくだろうか等と、あれこれ考えていると自然と表情も固くなる。周りの人間は自分達の事や、これから陰で行われる事は微塵も知らない。考えもしないだろう。

居る場所は同じなのに、自分達だけがそこから切り離され別の次元にいて、それが彼等の次元と平行している。そしてそれは、第三者から見ると一つの次元であり、二つの次元が存在しているとは思わないし、見えない。

今の彼にはこの会場がそう見えている。

嫌では無い、怖くもない。むしろ逆だ。興奮している。


――八代達は普段、もっと凄い仕事をしてるんだろうなぁ。


ふと、皐月は立間を一瞥した。



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