株式会社「C8」
皐月は眼鏡をクイッと上げ、足早に黒野の元へ近付く。奴は会場の扉を見ていた。八代が立間を連れて出て行った事に気付いているようだが、黒野はその場から一歩も動こうとはしない。
やはり何か不自然である。
しかし、緊張からか皐月はその違和感を忘れている。引き留めなければ。この場から動かしてはならない。その使命感でとうとう黒野に声を掛けた。
「あの、す、すみません…。」
声に反応した黒野の鋭い狐目が瞬時に皐月をとらえた。『ジロジロ』と言う擬音がしっくり来る程下から上までを見られる。見た目も中身も学生故に、それは仕方あるまい。平日に学生が、こんな場所にいると言う事を不可思議に思ってもそれは何ら不思議ではない。
「……何か?」
「あ…えっと…父とはぐれてしまって…。眼鏡を掛けた四十代後半で紺色のネクタイをしているんですけど、見ませんでしたか?」
「ほう、紺色、…ねぇ。」
突然、黒野の目が見開かれた。ゆっくりと口角がつり上がる。皐月は何が何だか分からず、とりあえず頷いて見せた。
すると、黒野は見開かれた目を元の細さに戻し、今度は打って変わって睨み付けるようにして皐月を見下ろす。
さしずめ、蛇に睨まれた蛙。皐月は全身が強張り、口をへの字に曲げた。何かまずい事でも口走ってしまったのだろうか。否、何も言ってはいない。冷や汗の中で自問自答を繰り返す。
その様子を嘲笑うかのように、黒野は再び口を開いた。
「風間社長は酷く紺色を嫌っておられると有名なのだが、君の御父様はその事を知らないのかな?自分の息子を連れて来る位だから、さぞ重役でいて、息子にも目をかけてもらおうと言う魂胆なのだろう。けれど、おかしいな。そこまでするのに彼の好き嫌いを知らない重役等、はて、一体何処の会社の者だろうか。些か気になる。」
「!?」
――コイツ…!また僕をっ!
あの時のハッキング以来か。小馬鹿にされているようなこの感じは。
流石に風間社長の趣味までは頭に無かった。
――浩子さんなら調べていて当然の事…。絶対はったりでしょ。……でも、どうしてこんな事を…。
「……残念。」
『 za n ne n 』
「!!」
「見ていないな。探すのを手伝おうか?」
「え?……あ、ああ、…いえ……。」
酷く狼狽えた。きっと表情は冷静でない。