株式会社「C8」




皐月の心は確実に奴に対して『恐怖』を抱いた。

はったり等ではない。『かま』だ。黒野がかまをかけていたのなら、今の会話だけで皐月がハッカーであるとバレてもおかしくない。


『 za n ne n 』


このワードで反応するのは皐月だけ。先に動揺を誘う言葉を並べ立て、追い討ちをかけるようにキーワードを口にした。反応を見ようとしたのだろう。事実、皐月は驚いた表示になっていた筈だ。


――否、かまをかけたとして、何故僕を怪しいと思った?



「では、早く探しに行くと良い。」



――あれ?気付かれてない?


不安を浮かべた瞳から、安堵に揺れる瞳。コロコロと変わる皐月の心情に、黒野は一体何を思っているのか。鋭い狐目には変わり無い。

皐月はどうしようかと固まっている。

八代が戻って来るまで、もう少し時間を稼がなくてはならない。しかし話は終わってしまった。黒野の視線は皐月から再び会場全体へと向けられようとしている。


――あ…


黒野の視線が自分から離れた途端、身体を支配していた緊張感が緩んだ。と同時に、忘れていた違和感が蘇る。


――探すのを手伝う?


黒野は自分からそう言った。それが何を意味するのかは、先程の違和感も物語っていた事だ。

黒野の目的は立間ではない。

立間を追うどころか、わざわざ此処で時間のかかる人探しをしようと申し出た。黒野が先程からずっと会場を見渡して探していた『何か』を見つけ出すのにも都合が良い話だったのだろう。


――何がどうなって……。


学はこの会場には居ない。奴が彼の存在に気付いたとしても、予めパーティーの出席者名簿で学がこの場に来るのかは確認出来る。彼には不参加と表記させた。ならば、探しているのは学でも無い。

では、一体誰を?何を?仲間がいる可能性はほとんど無い。

皐月は黒野に背を向け、無線機に口元を近付けた。そして、黒野の目的が立間でない事を二人に伝えようと、小さく口を開いた。

黒野の低い声が聞こえたのは、ちょうどその時。

馬鹿にしているのか、アドバイスのつもりなのか、固まる皐月の背後から淡々と言葉を浴びせた。



「学生専用のコミュニティサイトでアカウントを作成するのは良くない。自分が学生だと明かすような物だ…。プロの大人でも逆手に取られる可能性から使わない。」



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