株式会社「C8」
その声を合図に、皐月は黒野を見て舌打ちし「何のことですか、失礼します」と、着飾った参加者の中へ紛れた。
黒野の姿が見えなくなった所で、すかさず無線機へ口元を寄せる。
「すみません、僕の正体がバレたようです…。あと、黒野の目的は立間じゃありません。会場を見渡していたみたいですが、もしかして、僕達を探していたのでは――」
無線機の向こうで、八代が何か言いかけたが、それは突如鳴り響いた爆発音によってかき消されてしまった。
耳がどうにかなりそうな程の、とてつもない爆音だ。一瞬にして会場が静まり返り、かと思えばすぐに悲鳴や、怒鳴り声といったざわめきで、ガーデンホテル内がパニックに陥った。天井に吊るされたシャンデリアが揺れている。
係員や警備員が参加者や客を落ち着かせようと必死になっている最中、外に出ようとする人混みに紛れ、皐月は素早く会場から出る。
黒野が皐月や八代の存在に気付いているなら、CHMに行って立間のパソコンを調べるより、此方を追ってくる可能性を懸念していたが、黒野の目的は立間ではなかった。もしかすると、新薬に関するデータはもう必死無くなったのかもしれない。
『ターゲットを始末した』と報告して来た浩子もそうだが、最早彼等にとって、黒野の目的が何であろうと『この場から立ち去る』それが最優先事項であることに変わりはない。例え、皐月の正体がバレているとしても、この騒動では黒野も思うように動けないだろう。
皐月が出て行くのを見届けた八代は、予定通り無線を一旦切り、黒野を探す。一応、黒野が自分を追ってくることも考え、今の奴の行動は把握しておきたい。ガーデンホテルから出るのは、それからでも遅くはない。
――確かに、黒野は会場全体を気にしていた。目的が立間でなかったことは事実。かと言って、俺達を探していたって訳でも無さそうだ。しかしまァ、眼鏡の正体がバレてんなら、黒野は俺じゃなくてあいつを追う可能性の方が高い…。浩子が眼鏡に事情を聞くだろうが、必要なら足止めするか?
ぎゅうぎゅうと人の波に押されながら、入り交じる香水の香りや整髪料の匂いに鼻が曲がりそうになる。目の前にはやらた露出の激しい女や、脂でテカテカと光る顔を恐怖に歪ませた肥満の男等、嫌悪感で自由に身動きが出来ないのは八代も同じようなものだった。