株式会社「C8」
――で、眼鏡は何をしくじったんだ?何で正体がバレた?
あるいは――、
初めから、黒野は此方の正体を知っていた…?
――否、それは無い…。そんな素振りは無かった。黒野の奴、上手いこと唆したな。
二人が接触していた時の会話は、周囲の雑音や声によってあまり聞き取れなかった。だが、皐月は単なる時間稼ぎの足止めに過ぎず、そこまで重要な話を切り込む筈がない。それに、彼が下手に口を滑らす事も考えられない。
「………。」
皐月が思うように、八代もまた、黒野に対する違和感を拭いきれないでいる。
黒野が会場内で探していた『モノ』もそうだが、新薬のデータの必要性についても疑いが濃くなった。
――黒野の野郎、新薬のデータにはもう用無しなのか?それなら、俺達は奴の眼中には無いと思って間違いねェ…。後を追われる事も無い…。が…、腑に落ちないのは確かだよなァ。
まずあり得ない話ではあるが、此方に渡った新薬のデータを奪うつもりでいるならば、黒野が会場で探していたのは自分達と見て間違いない。
けれど、八代も皐月も結局は目を付けられているに違いなく、それでも尚、黒野はずっと会場を見渡していたのだ。
浩子のような他の仲間がいるのかをチェックしていたにしても、あまりに時間を要していたように思う。
――単に、向こうの事情が変わったのか…
障害物が現れたと思ったら、しかして獲物はすんなり狩れた。何か絶対に裏がある。と思う一方で、依頼は片付いたので深追いはしないのが筋だ、と言うルールが八代の脳内でぶつかり合う。
会場の出入口付近で、自分が向く方向に逆らい、逆流する人々の波を受けながら目を凝らすが、黒野の姿はまだ見付からない。
もう暫くすれば、ホテルの建物には何も異常が無い事も分かる。無駄に増えた警備員の目を欺いて外に出るのも容易ではあるが、面倒臭い。
八代は黒野の姿を確認するのを諦めるか否か迷った。
しかし、運命とは、常にして自分の知らない所で歯車を回しているものであり、それは、この世の摂理であって『避けられない偶然』と言う名の『必然』で必ず巡って来る物だ。
八代と黒野、彼等は此処で出会う。
『避けられない偶然』であり『必然』
運命の歯車は、必ずしも一つだけとは限らないのだ。
「――――瀬藤、翼?」