株式会社「C8」
―――――――――――――
日の沈み切った頃、バー「jelact」に二人の男の姿があった。
「お疲れさん。」
「ああ。」
静まり返った店内にはバーテンダーも客も居ない。店の入り口に「close」と書かれた札がぶら下がっている。今夜は定休日の筈が、二人の男に貸し切られていた。左側にあるカウンターの照明だけが羅列して点り、二人の座る場所以外は真っ暗だ。
カチン、とグラスを交わし、中のアルコールを口に流し込む。
「それにしても、良いのか?勝手に…。」
「此処のマスターとは知り合いで鍵を借りた。それに、誰も居ない所でないと話が出来ないだろう。」
黒野はそれらしい鍵を取り出し、チェーンに指を引っ掻けて、見せ付けるようにくるくると回す。
隣に座る男は「成る程…」と頷き、グラスをカウンターに置いて何やら考える素振りをし始めた。その意図が分かった黒野は、「聞きたい事があるなら聞け」と無表情で吐く。
けれど、男はすぐに疑問をぶつけようとしない。熟慮するように顎に手を当て、暫く黙ったまま固まっているのだ。
その様子を横目に、黒野は何も言わず、分厚い茶封筒を男の前に差し出す。
「報酬だ。」
「あ~、はいはい。って、何かやけに分厚くないか?」
渡された封筒の中身を確認した男は目を丸くして黒野を見る。中身は金だが、約束していた額よりも倍は入っていた。
どういう事だ。そう目で語りかけた男に黒野は相変わらずの無表情で言う。
「退職金…、だと思え。お前には何かと世話になったからな。礼だ。」
「おい、俺は別にお前の所に就職していた訳じゃないぞ。まあ、確かにこれでスパイは辞めてこの業界からも足を洗うんだけど…。ま、これは有り難く頂くけどさ!」
いそいそと茶封筒を鞄にしまい、そこで男はやっと黒野に疑問をぶつける。
「謎は沢山あるけど…まずは、何で俺が立間の交際相手達の名前を聞かれた時、お前の名前を出させた?わざと坊主に正体を明かすような事を…馬鹿なのか。」
「……奴らの狙いを確実に知る為だ。俺も命を狙われている身だからな。例の組織に雇われた殺し屋かと思ったんだ。」
「はあん、そうかい。じゃあ、お前の社員リストは何でみすみす奴らに持ってかせた。奴らが来るの分かってたくせに。」