株式会社「C8」




独り言だと、黒野は確かにそう言った。

けれど、自分がいくら推理したところで到底分からないだろうからと、お節介ついでに説明したと思える一方、裏を返せばこれを話す為にわざわざ店の鍵まで借りて此処に呼び出したのでは無いか。

男はそう思えてならなかった。


――馬鹿だよ、お前は…本当に。


男の吐いた溜め息を聞いて、黒野は苦笑いを浮かべながら、話を変えようと再び口を開く。



「…ところで、お前あの坊主に慎重になりすぎだ。色々と。」


「何言ってる。俺がスパイだと思われる訳にいかないだろ。お前が、坊主は会社の人間じゃないかもしれないって教えてくれなかったら態度とか言動で、感付かれてたかもしれないんだぞ。どんだけ、可哀想で優しい上司の役作りに苦労したか。涙を誘うような迫真の演技は、流石俺だったな!まぁ、知らないだろうけど、お前は。」


「ふん……そうか。」


「…何だよ。」


「いや。結局、加藤の行動を先読みし、お前をCHMに潜入させて正解だった。…友の置き土産も見つかった事だしな。とりあえず、存外、あの老け化粧は見事だったよ。」



男は指で目の下をなぞる仕草をし、「ああ、コレだろ?」と、からからと笑った。



「まぁ、今も今とて、老けているがな。」


「お前と同い年だよ!馬鹿!」



黒野はUSBをしまいながら腕時計をちらりと確認し、今度は携帯を取り出してカウンターに置く。

そして、空になったグラスに再びアルコールを注ごうと、ウィスキーのボトルを手に取ろうとするが、ボトルはいつの間にか隣に座る男の手にあり、中身もこれまたいつの間にか空だ。黒野は文句を言う訳でも、新しいボトルを手に取る訳でも無く、少々不服そうに男を見るだけに止まった。

男は何か考え込んでいる様子だが、黒野も自分から彼に、何か聞こうとはしない。本当に伝えたい事は伝え終えた。それについて彼が何を思ったとしても、自分がすべき事は何も変わらないのだから。

それに――


――Tの事だ、どういう了見だったのかくらい、分かっただろう。


やがて、黒野の携帯が大きく震えた。







この時の出来事は、これから始まる全ての土台に過ぎなかった。








CASE1:上司の暗殺
END




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