株式会社「C8」




待ち合わせの喫茶店に着くなり、尊は店内の天井を見上げて微笑んだ。子供のものらしき細い腕が、ぷらんぷらんと天井いっぱいにぶら下がっている。

『彼女』なりの挨拶なのだろう。いつも、この店の店主である、老夫婦宅から付いて来ている『座敷わらし』の仕業だ。

随分と昔からやっているというこの喫茶店には、事務所の近くにある事から良く顔を出す。観察している内に、尊が『そういう人間』だと分かったのか、何かとちょっかいを出して来るようになり、いつの間にか懐かれてしまっていた。

『そういう人間』とは、要するに、『見える人間』と言う意味だ。

その彼女のお陰か、あるいは店主の人柄の良さか、未だに客足は途絶えることを知らないのだから、遠い未来では、所謂『老舗』にでもなっているのではないか、などと考えてしまう。

清潔感ある店内は、古き時代を匂わせるレトロな内装であり、老夫婦の趣向に好感を抱く。きっと、ここに足を運ぶ客も皆同じに違いない。



「……?」



少し眺めていると、ぶら下がっていた腕が一斉に店内の奥を指し示した。

端から見れば不気味な光景でも、悪意の無い正体であるし、何より、今この店内で『彼女』が見えているのは尊だけだろう。彼は驚く事もなく、素直に視線をテーブル席の方へと移す。



「………」



ぺこり。尊と目が合った瞬間、『それ』が深々と頭を下げた。年若い女が、一番奥の隅に配置されたテーブル席の横で、ぽつんと佇んでいる。

テーブルには、水の入ったグラスも、ここの喫茶店ならではの軽食が乗った皿も、何一つとして置かれていない。彼女は『客』として認知されていないのだ。その証拠に、彼女の全身は透けており、背後の壁が見える。


――あれは確か…


尊は知っていた。その女が誰であるのかを。


――久坂部議員の、次女…


つい先日、交通事故により亡くなった、久坂部議員の次女、久坂部夏芽(クサカベナツメ)。テレビのワイドショーで見た限りの記憶では、彼女に間違いない。

成る程。久坂部議員の今回の依頼は、彼女の霊に関するものと言うことか。

しかし、依頼主である本人の姿はまだ見られない。約束の六時まであと十分弱。この際、先に『彼女』の方から話を聞いてみるのも良いかもしれない。尊は迷わず奥のテーブルの席に着いた。




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