株式会社「C8」
一階に降りた二人は窓を閉めてエアコンの電源を入れた。ほどなくして冷たい風で満たされる室内。浩子は八代にすぐにお茶が出せるように準備させ、クライアントを待つ。三時の約束だ。
手帳の真ん中あたりを開くと、昨日八代に調べさせた今回のクライアントの情報がぎっしりと書かれている。クライアント本人は自分まで調べ上げられている事など知る筈も無い。
依頼主は加藤学(カトウマナブ)、39歳。
東大薬学部出身。
都内製薬会社CHMに勤める第二研究室室長兼薬剤師。
都内の高級マンションに住む未婚の男性。
知人からの紹介で「C8」に依頼。
知人とは、以前のクライアント。わざわざ口外許可を取る為に一週間前に電話をして来た。
依頼内容は、「殺し」。
血濡れは嫌だと、開業当初から駄々をこねる八代にも今回は同行させる。
普段殺しの依頼は浩子単独か、もう一人の別のメンバーと共にするのだが今回はそれぞれ出払っていて不在なので仕方がない。
単独でも良かったが、事前に聞いたクライアントの話によると今回は少し厄介な事になりそうなのだ。
嫌だと言っても、八代は手持ちぶさたであるよりかは難易度の高い依頼に喜んでいるので問題は無いようだが。
手帳の情報を見直していると、入口の自動ドアが開く音がして控えめな声が聞こえてきた。
「…すみません…。」
クライアントが来たようだ。
明らかに落ち着きの無い様子でキョロキョロと辺りを見回す加藤学。依頼内容が内容だけに冷や汗を浮かべている。電話で大まかには話をしているが、此処へ訪れたのは初めてだった。
浩子は軽く挨拶をすると、学を応接室へ通す。
向かい合い、ソファーに腰掛けるとタイミング良く八代がお茶を持って来た。
改めてクライアントに名刺を差し出す浩子に学は訝しげに眉をひそめる。それもそのはず、自分よりはるかに若い女が社長と言うのだ。
「彼は戸羽八代。今回の依頼を私と共に遂行致します。」
「……は、はあ…。」
大丈夫だろうか…と不安気になりながらも礼儀として名刺を差し出す学。彼女は受けとるや否やそれには目もくれずに依頼についての細かな内容を聞き始めた。
八代も浩子の隣に腰掛けて、静かに学の言葉を待つ。