ワイドショー家族
加奈達一家は、ごくありふれた一般家庭だ。厳格なサラリーマンの父親と、慌てんぼうの専業主婦である母親、のんびり屋で内気な妹の亜紀(あき)に、健康だけが取り柄の自分。それなのに、さっきお父さんは意味深な発言をした。
お父さんと亜紀(あき)は、無言でダイニングテーブルを挟んでいる。シャワーを浴び終わった加奈も席に着き、俯いたまま黙りこくっている父のほうをうかがった。
「お父さん、こうなった原因知ってるの?」
尋ねたが、彼は太い眉を寄せて唇を引き結んだままだ。
お母さんが四人分のコーヒーを運んできた。肩にかけたタオルで短い髪を拭きながら椅子にかけ、テレビをつける。亜紀は長い睫毛のついた瞼をこすり、カップに口をつけた。
壁掛け時計を見ると、普段ならもうとっくに高校に着いている時間だった。妹は中学校に、お父さんは会社に行っている時間だ。
「テレビ映るよ」
チャンネルを回しながら、お母さんが楽しそうに笑う。
最近町で騒音を撒き散らしている暴走族オウタムの迷惑行為の数々や、木曜深夜に出没するという人魚男の極秘映像や、午後二時にどこからともなく現れるという謎の火だるま人間、通称午後二時の火だるまさんの目撃情報が流れる。
ろくなニュースがないな。片眉をあげてコーヒーを飲み、加奈はハッとした。
ニュースが普通に映るってことは、日本が沈没したわけじゃないんだ。ここがどこだか知らないけど、テレビの電波が届く距離に日本はきちんと存在しているわけだ――学校に電話しないと。
だが、ケータイはスクールバッグと共に海の底へ沈んでしまった。二階の自室をひっくり返し、連絡網の紙を探し、一階廊下にある家の電話からかける。
「家が海を漂流してるみたいなんで、今日は学校に行けません」
正直に話すと、担任は呆れた声をだした。
「おまえなぁ、もう少しましな嘘つけよ」
「先生、まじで」
「いいか、サボるなよ。待ってるからな」
電話は有無を言わさず切れた。そんなこと言われても、休むしかあるまいと一人ごちながらダイニングルームに戻ると、亜紀も学校に電話していた。コホコホと咳をして、弱々しく「今日は休みます」と言う。
そうか、その手があったか。
「実は、お父さんは……!」
父が決意したように四角い顔をあげ、テーブルを囲む加奈達をぐるりと見回した。
「なに、お父さん?」
加奈が問うと、彼はコーヒーを一気飲みして立ち上がり、大きな手のひらで乱暴に卓を叩いた。
「実はお父さんは、人魚なんだ!」
顔を真っ赤にして叫び、好きな人に告白したあとの女子みたいに部屋から飛びでると、階段を駆けあがっていった。
加奈達は顔を見あわせ、首を傾ける。
お父さんは、四月一日にだって冗談を言うような人じゃない。
じゃあ本当に人魚……なわけないから。想像しただけで吐きそうだ。それに仮にまじで人魚だとして、この怪現象にどんな説明がつくというのだろう。
「お父さんったら、かばってくれたのね」
フッと陰のある笑みを漏らして、母はコーヒーを一口飲んだ。娘達をじっと見て、表情を引き締める。