ワイドショー家族
廊下に出て、隣の部屋のドアをノックする。
「亜紀、よかったらでいいんだけどケータイ貸してくんない? 友達に写メしたくて」
「いいよ」
数分の沈黙ののち、ほんわかした声が返ってきた。
加奈はほっとした。自分だったら、そんなに簡単に携帯電話を貸せない。友達と交わした、家族の悪口メールの数々が保存してあるからだ。
ほんとは、愚痴りたくなるような不満なんか一つもない。みんなの話を聞いている内に、そのことで逆に不安になって、ありもしない出来事を次々とねつ造してしまった記録だ。
きっと亜紀の電話には、人の目にさらされて困るような情報はインプットされていないのだ。
内気すぎる妹が、部屋の内側で沢山の鍵やチェーンを順々に外していく音が響いてくる。細くあいたドアの隙間から、華奢な手がのびてきた。
「ありがとう。すぐ返すから」
木刀のストラップのついたそれを受け取り、部屋に戻る。
海を背景に、パシャリ。
写真を友達に送って、伸びをした。
さて、返しに行こうかな。
ケータイをたたもうとしたとき、
突如としてエリーゼのためにが、
大音量で流れ始めた。
なんてことはない。亜紀の電話の着メロだ。しかし、加奈はびっくりして通話ボタンを押してしまった。
「アキさん、ウィンターが攻めてきました」
受話器のむこうで女が叫んだ。
「……ん?」
「二月だからウィンターなのに、オウタムが調子に乗るなって。あいつら、金属バッドであたしらのバイク潰しまくってるっす」
捲し立てるように言って、悔しそうに舌打ちする。
「アキさんが授業ふけれないのはわかってるっす。でも今日は応援頼みます。じゃないとあたしら……」
爆音が轟き、電話が切れた。
いったい、今のはなんだろう。間違い電話に違いない。
そう思いつつ着信履歴を調べると『落ち葉一』という相手の名前があった。電話帳に登録されているみたいだ。
悪いなと思いながらも、電話帳をチェックする。『落ち葉五十』まで、しっかりと登録されていた。
「ねぇ、亜紀。オウタムって何。ウィンターが攻めてきたとかって電話きたんだけど」
廊下から、恐るおそる妹に声をかける。
「なんだってぇ?」
唸るように亜紀が叫んだ。ガチャコンガチャコン、鍵が外されていく。
「おい、今なんつった」
胸ぐらをつかまれ、部屋に引きずりこまれた。
室内はふんわりしたパステルカラーで統一されていたが、至るところに『夜露死苦』やら『親切上等』やら『オウタム総長悪鬼(あき)』とかいうのが書かれた、のぼり旗や日章旗が飾られている。妹の部屋に足を踏みいれたのは、小学生以来だ。