ワイドショー家族
我が家は、平均的な日本人で構成された、ごく普通の家族、のはずだ。
加奈は階段に座って、玄関でがなりあっている三人を、死人のような目差しで眺める。
亜紀がドアを壊したことでカンカンに怒った父が注意しに下へおり、母は父を止めるべくそれに続いた。加奈は呆気にとられながらも二人についていき、特効服姿で海を睨む娘を見て悲鳴をあげる両親を、目撃した。
「亜紀、その格好はなんなんだ」
「うっせぇな、親父。チクショウっ! そうだった、ここは海なんだった」
「うっせぇとはなんだ! この格好はなんだと聞いてるんだ」
父が妹の袖を引っ張って、問いただす。放せよと、振り返った彼女は目をむいた。
「てめぇこそ、なんだよそれ!」
亜紀の言う通りだ。
スパンコールのついた海パンの他には、何も身に付けていないお父さん。全身の皮膚は紺色に染められ、まばらな鱗模様のペインティングが施されている。カラーコンタクトが入っているらしい目は、白目も黒目もなく青い。テレビでやっていた人魚男にそっくりだ。
「お父さんはいいの。亜紀、あんたの格好のほうが問題」
ほぼ球形に着ぶくれしたお母さんが、消防士が火災現場でつけているようなマスクを外してしゃべった。灰色のボンベを背負っている。
「あんたに言われたかねぇよ! なんだよ、それ。酸素ボンベなんかしょいやがって」
「防火服と、圧縮空気ボンベよ。酸素じゃないの。酸素は引火すると危ないでしょう」
「そうかよ! あたしのは特効服だよ」
亜紀は水面を蹴りながら悪態をつくと、
「だから、なんでそんな物を着ているんだ」
父は声を荒らげた。母はおいおい泣き始める。あまりの騒がしさに、耳の奥がキンキンして気が遠くなってきた。
全員まとめて、海に叩きこんであげよう。 三人を家の外に押し出してドアを閉めた。
派手な音をたてて水に落ちた彼らは、加奈を罵倒しながらも喧嘩を続けている。
彼女は玄関にしゃがみこみ、重たい息を吐きだした。おかしい、みんなおかしい。
小学生の時、なんかの授業で自分の家族を紹介する作文を書き、発表しなければいけない機会があった。
忙しくてあんま家に帰って来ないけど、かっこいいパイロットのお父さんや、口うるさい鬼みたいなお母さんや、すぐ人の物ばかり欲しがる悪魔のような妹の話などをするクラスメイトのなかで、加奈は少しだけがっかりした。
うちの家族にはそんな素晴らしい個性がなかったからだ。
発表したいくらいの不満もないし、自慢したいくらいにすごいわけでもない。お父さんもお母さんも正しいことしか言わないし、理不尽に怒ったりしないし、妹に嫌なことをされたことも一度もなかった。
調和のとれた、ほのぼの家族。そういう感じの作文を読み、先生には褒められたし友達には羨ましがられたけど、正直つまらなかった。
もっとすごいか面白いか、日常がバタバタするような家族がよかったな、と思った。無味乾燥、平々凡々、あまりにも型にはまりすぎて、いっそ嘘っぽくすら感じられる家庭が悲しかった。