噛みついてもいいですか。
「雄斗さん……」


俯いたままそこにいることを確かめるように口を開く。


「顔、上げて。にな」


柔らかい物言いだった。


でも、泣き顔は見られたくない。


泣いて子供だと思われたくないし、駄々をこねる子供だとも思われたくない。


矛盾している。


「上げろって」


口調が少しきつくなって、あたしは肩をわずかに震わせた。


雄斗さんの手が顎にかかり、あたしの顔を上に向かせる。


その拍子に左目から涙がポロッと落ちる。


「ごめんなさっ……」


慌てて涙を拭っても遅い。


雄斗さんには確実に見られた。


「なんで泣くん?」

「雄斗さんのせいじゃ……」

「俺が、好き?」


こんな時に聞いてくるなんてずるい。


「冗談だって、思ってるでしょ……?」

「いや、別に。むしろ、俺まだまだいけんなって」


雄斗さんが笑う。三十路のくせに、少年のような笑顔だ。


「……三十ですもんね」

「その三十の男に惚れたのはになでしょ」


またずるい。否定したくてもできないじゃんか。


まあ、否定する気もないけど。


「……惚れました」

「今も?」

「今もです」


何この、誘導尋問。


あたしにだけ答えさせて。


「……俺さ」


あたしの頭の上に乗せた手の上に雄斗さんの顎が乗る。




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