噛みついてもいいですか。
雄斗さんの、いつもより低い声。


と認識したのは後のことで、声が鼓膜を震わせた瞬間、あたしはびっくりして瞬時に雄斗さんから離れて後ろに飛びのいてその拍子に頭と腰を壁に思いきりぶつけてしまった。


たぶん、これが兄貴や他人の声でもこうなったはずだ。


「い、たい…………」


思いきり打った後頭部を押さえてうずくまる。


痛みが意識を現実に戻していく。


なんて、ことを、してしまったんだ、あたしは…………。


顔から火が出るとはまさにこのことだ。


やばい、恥ずかしい、死にたい、ここから逃げたい。


「にな」


再び目の前の雄斗さんの声で顔を上げると、雄斗さんの顔がぐらぐらと揺れた。


気持ち悪い。


……ていうか、雄斗さんの顔が近い。


「……あの」

「にな、大丈夫?」

「え?」

「酔いすぎや。あれほど飲み過ぎんなって言ったのに」


何回か瞬きを繰り返すと、視界は元に戻った。


「……ごめんなさい」

「今のは、酔った勢い?」


……そこ、聞いちゃいますか。


おそらく、ここで酔った勢いと言えばこの場は収まるのだろう。その方が今より気まずくならないし、賢いやり方だ。


「……勢いじゃないです」


雄斗さんの顔を見たまま口を開くと、雄斗さんの目が見開かれた。


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