不滅の妖怪を御存じ?
「藍。」
「なに?」
この名前も、弓月がつけてくれたものらしい。
「手を動かせ。」
屋根の上から弓月の鋭い眼差しが飛んでくる。
藍は握りしめていたモップを再び動かす。
ゴツゴツした岩に所々黒いカビがはえている。
ゴシゴシとモップで床を擦る音と、弓月が竹竿をブンブン振り回す音だけが聞こえる。
「藍。」
また弓月は藍を呼びかける。
「ピエロ伝道者は読んだか?」
「まだだよ。」
「お主は行動が遅い。早く読むべきだ。」
弓月が竹竿を振り回し続けるのには理由がある。
彼はいわゆるオタクなのだ。
時代錯誤な言葉遣いをする彼は、坂口安吾の「ピエロ伝道者」オタク。
ピエロ伝道者に竹竿を振り回す男がいるから弓月もそれにならって竹竿を振り回す。
だが、ここでのポイントは、弓月はピエロ伝道者オタクではあるが坂口安吾オタクではないということだ。
あくまでピエロ伝道者という話が大好きなだけであって、坂口安吾の全てが好きというわけではない。
その証拠に、弓月はピエロ伝道者以外坂口安吾の小説を読んだことがないというのだ。