不滅の妖怪を御存じ?




「仮に牛木を目覚めさせ、九木を倒したとして、その後牛木が人間を滅ぼそうとしない確証がない。お前は牛木を目覚めさせた後のことは考えているのか?」

「特に何も」


厳しい理事長の言葉への返事はやけにあっさりとしたもの。
おいおい大丈夫か千秋、と桜は不安になった。


「壱与は人を守るために牛木になったと聞いています。そんな彼女が、自分が守ったものを壊そうとするとは思えません」

「希望的観測だ。彼女が妖怪として封印されてから千七百年。竹内家の当主が言っていたように、人間の頃の自我はもう残ってないだろう」


伊勢親子はしばし無言で見つめあう。
沈黙を破ったのは父の方だった。


「勝手にしなさい」


そう言うと踵を返して怪我人が集まっている方へ歩いていく。
パチパチと燃える火が千秋を照らす。

桜は自分がどの位置に居ればいいのかじっと考えていた。

桜に背を向けたまま立ちつくしていた千秋が声を発したのはそれから数秒後だった。


「桜は、佳那子と紫月を守りなよ」


千秋が言いたいことはすぐに分かった。
着いてくるなということだ。

つまり、千秋は一人で有田藍の元へ行き、牛木の封印を解くつもりなのだろう。
嫌だ、と口を開こうとすると同時に、安否が分からない二人の友人のことが頭をよぎる。

二人とて継承者だ。
妖怪から身を守る術は持っている。

だが、先ほどの九木の暴走。
一瞬とはいえ、凄まじい力。
死者も出ている。

もしも。
もしも、二人が重体だったとしたら。
そんな時に、千秋と桜が鬼道学園にたてついて離れたとしたら。


「継承者が二人もいなくなるとかシャレになんないから」


そう言うやいなや歩き出す千秋。
何か言わなければと思ったが、言葉が何も浮かばない。

小さくなってゆく背中。
それを、桜は呆然とただ見つめるだけだった。


夜がゆっくりと更けてゆく。



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