インストール・ハニー
「青葉」

 名前を呼ばれて嬉しいこの声は、いまはなんて切なく聞こえるんだろう。

「明日、水族館行こうか。2人で行けるじゃん」

「聞いて」

「電車乗ってさ。乗ったことある?」

「青葉!」

 楓は椅子から立ち上がり、手はあたしを掴む。痛い。なんだよ。そんな顔してそんな目で見ないでよ。

「離して、痛い……」

 なにを言うつもりなんだろうか。言わないでよ。怖いよ、楓。あたしは、目を瞑る。耳も塞ぎたかった。

「君と、出会って」

 目を開けて楓を見たけど、だめだった。見られないよ。気持ちも視線も逃げようとするあたしを、楓は捉える。

「俺は、青葉を好きになった」

 あたしもまだ、髪を乾かしていなかった。濡れた髪は、頬に付いて冷たい。
 どうして、いまそんなことを言うの。夢見ていたロマンチックな告白じゃないの? 王子様なんでしょう……。

「なん……」

 楓の、目が少し赤い。

「ゲームクリアの条件は」

 そう、ゲーム。これはゲーム。でも、誰にも邪魔されなければ良いんでしょう? ラストステージに行かないで、その一歩手前でずっとレベル上げでもしてれば良いんでしょう? レベル99になっても、コイン稼ぎや寄り道をして……。

「それは、君が、俺を好きになること」

 邪魔、されなければ。あたしは楓を。

 リセットボタンは……どこなの?

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