インストール・ハニー
「どうぞ」
「ありがとう」
とりあえず、うちで一番オシャレなティーカップを使ってみた。来客用のやつ。キッチンで紅茶のティーバックを見つけるのに苦労した。普段飲まないもん! 飲まないのに「飲むから」とか言ってお湯を沸かし、持ってくるのにも苦労した。渡す時、手が震え、ソーサーとカップがカチャカチャと音を立てた。
「いい香りだ。ジャスミンは気持ちが落ち着く」
あ、あのティーパック、ジャスミンティーだったんだ。それも見てこなかった。
「あのう……。どうすればいいんですかね? あたし」
カチャ、とカップの音。それすら優雅に見えたり見えなかったり。
「王子様、どこの国の王子様なんですか?」
「君の、スマホの中」
……理解できない。白目になりそう。
「ちょっと、パニックなんですけど。なんかスマホから出てきたし。なんかでも人間みたいだし。どこから来たのかなって」
素直な疑問だったけど、どう言って良いのか分からなかった。とりあえず、何者なのだと。
「なんか、ばっかり言うな君は」
「だって、なんか!」
まぁ黙って聞きなよ、みたいに手をひらひらさせて、あたしを黙らせる。
「この、スマートフォンの中の……国さ」
なんだか、話の本当のところを、はぐらかされているような気持ちなんだけど。機械っていうより、インターネットなのかと思っていた。
「まずは、俺の存在理由から話そう。理解してくれ」
「はい」
思わず返事をしてしまった。存在理由って……。部屋の空気も耳をそばだてる。
「君はなにか理由があって、俺を呼んだ。ダウンロードしたんだ。だから出てきた。呼ばれたんだ」
「別に呼んでないんすけど」
「いや、呼んだはずだ」
ちょっと。ひとのこと指ささないでよ。呼んでないし! 本当に! 断じて「この部屋に男子を呼びたい」なんて。時々妄想することはあっても。
「たぶん、それ勘違いです。勝手にインストールされちゃってて。」
彼はひと呼吸置いて、言う。
「胸に手を当てて、考えて。ねぇ青葉」
栗色の髪に鳶色の瞳。静かに優しさを湛えた表情。そして、陶器みたいな肌。