インストール・ハニー
◆
「青葉ー、早くしないと遅刻するわよ」
「んー」
あたしは、歯磨きをしながら答えた。
完全な寝不足。昨晩は、あの男の子……楓のことを考えていたからだ。あんなことがあって、ぐっすり眠れるわけがない。
おさらいします。昨夜、あたしのスマホから、王子様が出てきた。しばらくあたしと一緒に暮らすって言う。スマホに戻れる。補足として、イケメンである……と。メモ。
夢だったらいいのにとか思っている。あんなこと、あって良いはずないじゃない。
今朝はスマホを触っていなかった。(遅刻しそうだし)昨日、電源切って寝たんだ。だって怖いじゃないかなんかさー!
ダッシュで支度をして、外へ出る。
とても良い天気。今年の夏は猛暑だと連日ニュースで言っていて、ちょっと昨日よりも気温が低いと「あ、涼しい?」なんて思ったりする。毎年「今年の猛暑は……」って言ってる気がするよ。今朝はちょっと涼しいかも。過ごしやすいのかな。抜けるような青空、って言う感じ。制服は、夏服。梅雨明けして、夏休みまでもう少し。
鞄の中にあるのを思い出し、スマホを開いた。アプリ、立ち上げてみようか……。
恐る恐る、例の薔薇の花アイコンで接続してみる。この薔薇のアイコンがまずなんだかセンスが……。
いい。考えないようにする。「Loading…」の後に出てくる、部屋の映像。アニメというよりも、スマホでドラマでも見ているような感覚。本当にここに住んでるのかしら。なんか覗きでもしてる気分。
「……えーと。話す、だっけ」
「青葉。スマホ切って寝てただろう」
「ひぃっ」
やっべ。やっぱ夢じゃなかったんだ。
「何かあったらどうする。切ったりするな」
うわーうわー。どうしよう大丈夫? 夢だったら良かった。めまいがする。居たよ。なんか画面から話しかけられたよー! 居るのか。夢じゃないか。昨日のは夢じゃない。
「えっと」
「青葉、今から学校だろ? 俺はこのまま、大人しくしてるから。いってらっしゃい」
「あ、うん……」
あたしのこと、なだめてるのかな。上から目線というか。それがちょっと悔しかったので、あたしは言ってみた。
「一緒に、行く? 学校」
「……青葉が行きたいなら」
ぱあっと、楓が笑顔になった。う、嬉しそうだね……。ちょっと待って、と近くの公園のトイレへ駆け込む。まわりに人が居ないことを確認して「呼び出す」コマンドを実行。
少しだけ眩しく画面が光り、眩しくてまばたきをしていると、楓が目の前に現れた。