インストール・ハニー
「……」

 ……あのさ、普通に出てきたし、あたしも出したけど。これって普通じゃないからね。おかしいんだから。異常事態だよ。

「じゃあ、行こうか。校門までだよ」

「え、あとどうするの?」

 トイレの入口で髪の毛をちょっと触ったり、襟を直したりしている。白いポロシャツに、デニム姿だ。しかも、それが恐ろしく似合っている。別に乱れてないから。直さなくていいから。誰も見てないし。

「俺と別れたら、適当なところで青葉が戻せばいい」

「遠隔もできるんだね。すごい」

 ふふっと楓は笑う。

「青葉が電波の届かない所に居ない限り、俺は戻ることができるから」

 ふわり、ふわりと軽い足取りで、楓は歩いていく。先に公園のトイレから出ていった。あたしはまたまわりを確認して、追い掛ける。

「ちょ、ちょっと待って」

 追い掛けて、横に並ぶ。戻れるから……って、簡単に言うけどねぇ。

「ねえこれってさ、仕事なの? お給料良いんでしょ」

「だから俺は、青葉、君の為に居るんだってば。それが存在理由だって、話しただろう?」

「よく分かんないよ。じゃあ、いらなくなったらどうするの?」

 立ち止まり、楓は青葉を見た。強い風。あたしの髪は風で乱れた長い髪を、長いキレイな指で、スルッと直してくれた。その行為に、ドキリとする。

「それは言えない」

「なにそれ」

 顔が赤くなるのが分かる。

「なんでそうやって、はぐらかすの?」

 少し微笑んで、楓は歩き出す。それからは、学校まで黙って歩くだけで、話すことは無かった。もっと話したいな、あたしがそう思ったのは嘘じゃない。


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