インストール・ハニー

「なんだ、青葉。元気無いな。失恋でもしたのか」

 グッサリ。さすが父親、娘の様子が変だということに気付いたようだ。ハッキリ言いすぎ。
 鈍感な父親だとは思っていないけど、もうちょっとこう。年頃の娘をさ……。

「お前が使っている、なんだっけ、スピードフォンだかステレオフォンだか、あれ難しいのか?」

「お父さんたら。スマートフォンね」

 お母さんがフォローする。同じ年代にしては、機械音痴なお父さん。でも、スマートフォンっていう名前は覚えた方がいいよ。

「慣れよ慣れ。あたしも使いこなせてないけど、楽しいよ。動画とか、ゲームとか」

 言うほどスマホで動画を見たり、ゲームもしないんだけど……。唯一やっているのが、キャラクターを繋げて消すやつくらいだろうか。ゲームはポータブルのものと据え置きのゲーム機を持っているし。

「ボタンが無いんだもんなぁ。俺はちょっと」

「でもちょっとお母さんも使ってみたいかも」

 夫婦で意見が分かれている。
 テストの点数が良かったら、という約束で先月スマートフォンを買ってもらった。結果がまぁまぁだったので、念願の機種変更。

 とはいえ「これがしたいからスマートフォンに変えたい!」という確固たる理由があったわけじゃない。興味だけ。だってクラスの友達ほとんどスマホなんだもん。画像とか綺麗だけどね。あんまり詳しくないし。だから使いこなせてない。

 慣れよ、慣れ、なんて言ってみたけれど。あたしも最初は全然使えなかったけどね。

 通話料はバイト代から出している。隣町が観光地だから、そこにあるペンションでアルバイトをしている。もうすぐ夏休み。バイトしてお金貯めて、自分のパソコン買いたいな。(あと洋服とか)

「健太郎もスカートフォンにするのか?」

「お父さんたら。だからスマートフォン」

「おふぇ、おほ」

 弟の健太郎は小学5年生。口にいっぱいご飯を入れているので、何を言っているのか分からない。

「健太郎もスマホにしたいって、言ってたものね。今時の小学生はすぐ使えるし」

 食卓に、お父さんお母さん、あたしと健太郎。夕食の時間。

「……」

 小学生はタブレットで良いんじゃないのって言ったことあったけど「おねぇ古いな」って言われて悲しかった。

 夕食の美味しそうな匂い。お母さんの作った料理。でも、食欲が湧かない。

 学校もバイトも、行きたくないな。あたしはみんなに気付かれないように、ため息をついた。

 箸が動かない。おかずに向かって行かない。食べたくないんだもの。

「今日なんかもういいや。ごちそうさま」

 席を立つ。食べたくないのに食卓に居るのが苦痛だ。

「どうしたの、青葉。もっとたくさん食べなさい、好きな肉まんなのに」

 お母さんが言う。お父さん、眉毛が八の字になっている。
 妙な食卓。白いご飯があり、おひたしや唐揚げがあって、肉まんがある。肉まんをおかずに白いご飯を食べるの。わが家の不思議。炭水化物と炭水化物なのでは。

「うん……ちょっとお腹の調子が悪いだけだから」

「そうか。正露丸が効くよ」

 席を立とうとするお父さんに、大丈夫だよと声をかけ、あたしは自分の茶碗と箸をシンクに置いて、2階にある自分の部屋へ上がっていった。

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