インストール・ハニー
 呼び出すコマンドで、楓が目の前に現れた。
 ……慣れるわけがない。心臓ドキドキしてる。誰かに見つかったら一大事だから。思わず目を逸らしたくなる。それくらい、整った顔が目の前に。免疫無いんだから。お父さんだって弟だって、そして宮田くんだって、楓のようにきれいな顔をしていない。(宮田くんごめん)

 眉間に皺を寄せて、怒った顔。楓、そう名前を呼ぼうとしてできなくなったのは、彼の視線があたしで止まったから。

「忘れてたのか」

 低い声で言って、楓は下を向いてしまった。

「だ、だいじょうぶ? なんかあったの?」

 あたしは、うつむく楓をのぞき込む。楓が顔を上げたかと思うと、ドン、という衝撃と共に壁に押しつけられた。背中に回っている腕は、楓のもの。他に誰も居ないんだから。

「ちょっ……」

 何が起きているのか理解できない。ちょっと……! どういうことなのこれ!

「俺をひとりにして。なんとも思わない?」

 怒ってんの、怒ってるのか! 表現がこれなの? なんで怒ってるのに抱きしめるの!

「だ、だから、ごめんほんとっ」

 楓とあたしのお腹の間に入った腕に力を入れたい。力を入れて、こう、ぐっと……どけてー!

「ごめん! 離して!」

「許さない」

 少しの瞬間、体が自由になったと思ったら、楓はあたしの唇を塞ぐ。


「……っ」

 乱暴だった。

 逃げようとして捕まれた両手は壁に押さえつけられる。背中には壁の硬い感触。そして唇には、柔らかくて温かい感触。解放されたのは、息が切れた頃。

 なんで? なにするの? そう言いたくて視線を合わせたけど、声が出てこなかった。
 怒ってるんだろうけど、楓の視線はさっきとは違って、とても優しいものだった。頬に手を当ててくる。なにしてるのよ。ふざけてんの?

「青葉に会いたかったよ」

「……なんなの」

 こんなことするなんて。戻してやる、今すぐに。
 あたしは、楓の腕からするりと抜け、浮つく気持ちを押さえながらスマホを取り出した。

「青葉」

「……やめてよ」

 なんなのよ。

「ふざけてんの? あたしのことバカにしてんの? こんな、ことして。あたしを癒す?」

 悔しい、そう思った途端に涙が浮かんだ。

「こういうことして慰めとか? なんのつもりよ」

 凄く悔しくて、悲しくなる。なんでだろう。今のがファーストキスだったからだとか、そういうことじゃないと思う。


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